言えない
本当に苦しい。もう本当に苦しくて苦しくて堪らなかった。これは一体誰の感情なのか自分でも自分がわからなくなっていく。私は一体誰なのか。私は一体どこの誰なのか。
私は父の子で母の子で二人の子で二人から産まれてきた子でしかし父は居なくて母も父のことを話すことは二度ともうなく、父にも母にも存在をないがしろされて否定されて生きていかねばならないことへの恐怖心と他人が介入してきて勝手に腹違いの兄弟を産まれていたことのおぞましさを日々日々、感じているところである。
私は腹違いの弟に会った。妹に電話で話しただけでその後会っていない。腹違いの弟は二十歳を越えていて成人していた。初めて会った弟は父に似ていた。私はおとうとが羨ましかった。私は妹が羨ましかった。私は後妻が羨ましかった。
私は家族になりたかった。私はこの一家が羨ましかった。私はこの四人家族が心底羨ましくなった。私が手に入れることの出来なかった姿がそこにあった。家族四人仲睦まじかったであろう痕跡が家のそこかしこに存在していた。母に出来なかったことを女はやってのけたかと思うと母が疎ましく恨めしくもなった。大好きな我が母を恨まなければならないこの切なさと悔しさは一生私にしかわからないと思う。それでも私は母を裏切ることは出来ないし、父のように母を切り捨てることも私には到底出来ない。
私は父と母二人の分身であるし、二人が重なって産まれた身体と心だから私は二人が他人になって離れていっても私自身が離れることが出来ない。男女は別れればハイ、サヨウナラ、、、ですが私はその男女から産まれた一人の子供だから私は身体一つしかないから心も一つしかないから離れることが出来ない。
心はかろうじて切り離していける。心を分離していく。心を切り離していく。男女が別れた。父母が別れた。私の中にある父母が別れていった。私の中に存在している父と母が離れていった。私の中で私の自己の中で分離が行われていく。
だがこの切り離すという行為がどんなに子供にとって恐ろしいことかどんなに人間にとって残酷なことかを大人たちは知らない。
父が母を否定し、母も父を否定していく。
互いが互いを罵倒し、互いが互いを存在を否定し、出会いも別れも結婚も出産も歴史も思い出もなかったことにしていく。男女がわかれる時、夫婦が別れていくとき、一体何が残ると言うのだろう。そこにはもう、何も残っていない。子なんて残っていない。
私がいるのに、私がもうそこには、存在していない。私は卑屈な人間だ。私はどんなことも卑屈に考えてしまう。そんな人間だ。落ちるところまで行けば這い上がるだけ。だから落ちたい時があれば落ちたいだけ落ちればいいと思う。落ちれば今度は上がりたくなるのだから上がればいいだけ。そんな風にして今日も私は生きていく。
私が私を否定する時。私が父を殺していく時、私が母を殺していく時、
私が私の中の父を殺していく時、私が私の中の母を殺していく時。
そこには再婚相手の女の姿などどこにもない。
彼女は父と母にとって無関係だから。
私の家族の前でチラチラチラチラしないでほしい。
私の父母の前でチラチラチラチラしないでほしい。
私もあなたには関わらないから。
私もあなたと父の子には関わらないから。
だけどあなたと父の子は私の半分兄弟なんだ。
だけど曲りなりにも兄弟なんだ。
だから愛おしくもあるんだ。
だけど憎しみもあるんだ。
私は私と戦っていく。私の醜い感情をどうするか、私は私と戦っていきたい。
私は醜い感情と戦っていくんだ。私は醜い私と戦っていくんだ。
私は中二病なのか、私は遅れて来た思春期野郎なのか、わからなくなってきた。
わかりたくなかったが自分のことなんでわかってやろうと思う。
私は自分の兄弟なのに憎んでしまう自分自身に嫌気がさしているのと同時にこんなにも醜く汚くて複雑に恨みを残していく関係性を最期に残していった父と後妻に心底腹が立つ。八つ当たりであろう。私の心の中でたくさんの歴史が改変されていった。私の魂の記憶にさくさんの改修が行われていった。私はただただそれを見つめることしか出来なくなっていった。私は私が私でなくなっていくのをただただ見つめ直していくことしか出来なくなっていった。私はもう、父母の子でも何でもなくて後妻に父を奪われて腹違いの弟と妹に上から居座られて私の居場所などもうどこにもなくなっていくのを身体が海に沈むように見ていることしか出来なくなっていった。
こんな男などいなければ良かったのにと、こんな女さえ存在しなければよかったのにと何度も何度も思った。私は後妻が憎かった。私は父が憎かった。私は母が憎かった。私の中で父と母が喧嘩をしている。私の心の中で私の父と母が別れていった。
そこへ知らない女がやってきた。知らない女が入ってきた。
誰だろう。この女はどこの誰なんだろう。一体誰なんだろう。
自分の父母の間に割って入って
自分の父母の間にどでかい態度で居座り、
私の父母の思い出も愛情も全て引き裂いていった。
自分が産んだ子だけを父の物にし、父の実家さえも奪っていった。
後妻が永遠にこの家も守っていくんだろう。
彼女には感謝しかなかった。
私に思春期などなかった。思春期に父はいなかった。父は幼児を後妻と育てていた。私の思春期に父はいなかった。聞いてほしかった。聞いてくれる存在が私にはなかった。聞いてくれる父が私には存在しなかった。母仕事をしていた。母は幼児相手の仕事をしていた。母は保母をしていた。当時保母と呼んでいた時代。母は保母をしていた。保育士をしていた。誇り高き戦士だった。
母は仕事に誇りを持ってやっていた。私は母が自慢だった。しかし私は母が怖かった。だけど私は母に言えなかった。父のことを言えなかった。母は格好良かった。母は誇り高かった。だけど母に言えなかった。父のことを母に言えなかった。
空気が重く。
離婚した人は子になんて言うのだろう。
子に説明しないのは正直子供を舐めているだろう。
離婚した人のことを言わない。家庭内で言わない。
タブーにしていく。タブーでなくともタブーになっていく。
子は離れた人のことを話さない人を見て次第に人間不信に陥っていく。
離れた親のことを何故この人は私に言わないんだ。
私の父の話を何故この人は私に言わないんだ。
存在自体を消していった。
その人のことなど初めからいなかったかのように扱っていった。
あの人のことなどそもそも存在していなかったかのように過ごしていった。
それでは私は一体誰の子なのか。それでは私は一体どこの誰なのか。
同居親が別居親のことを話したがらないのは子にとって悪影響である。
親の悪口を言うのと大して変わらなくていいえほぼほぼ同じ。
なかったことにされていく恐怖。
なかったことにされていく父。
父は再婚し女と子を作って。
私に一切介入しなくなって。
父も私のことをなかったことにしていく。
消えていく私の存在。
母は幼児向けの仕事をし常に幼児と向き合いながら日々を送っていく。
日々の大半を赤の他人が産んだ幼児と過ごし残りの数時間を私と過ごしていく。
父のことを言わない。
父は再婚家庭を新しく作って女と子を作った。
新しい女と日々子を作ることに命をかけて新しい女と命がけで作った子を日々可愛がって愛育み愛慈しみ育てていくことの恐ろしさ。父も女も気持ちが悪く大層不気味で。
こんな考えしか出来ない私はもっともっと父よりも女よりも母よりも不気味である。
聞いて欲しかった。認めて欲しかった。仲間に入れて欲しかった。教えて欲しかった。兄弟がいることを私にも教えて欲しかった。従兄弟にもたくさんたくさん会わせて欲しかった。親戚に会わせて欲しかった。父も母も愚かな罪深い人。一番罪深いのはそんな父母の元に生まれてきた我が張本人なんだろう。一番欲深く罪深いのはいいえたぶんにこの私です。父母ではなく私が張本人なんだろう。愚かな人間は私なんです。
恨みは残っていきます。父に母に後妻に残っていきます。
私は昇華しなければなりません。私は私を慰めて成仏させなけれなりません。
私が私の悲しみを慰めて労わって父母の代わりに私が私を慰めていかなければ私の心の闇は終わりません。私の心の暗闇も消えません。