人としての行い

吐き出す場所がなく今日もこちらに書きます。誰にも言えないので書きます。私が醜いのです。私が一番醜いのです。もう二十年以上も前に終わった父と母の離婚そして父の再婚について二十年後に真相を聞かされたからと言って今更ねちねちと暴言を吐いているのですから。相当私は愚かで醜い人間です。自分でも嫌になります。しかし書きます。書かなければ私が私でなくなるからです。書かなければ私が消えてしまうからです。いえもう、私など当の昔に消え失せているのですが。

 

私は幼稚園の頃それはそれは大変明るい子供でした。ですが小学校入学を期に変わりました。正確に言えば小学校一、二年生までは大丈夫でした。小学校三年生ぐらいからおかしくなりました。四年生に決定的になりまして五年生にピークを迎えました。六年生なんて暗黒期ですね。暗かった。とにかく暗かったんです。三年生から徐々に暗くなりました。暗黒面に落ちたのですね(スターウォーズかってんです)原因は多分父の不在でしょう。自分なりに何かがおかしいと何かが欠けていると無意識にでも気づいていたのでしょうね。

 

思えば父とその再婚相手はその頃にすでに二人の子を成しているのです。私が小学校二年生、私が小学校六年生ぐらいで産んでいます。笑えます。私の幼稚園の卒園式も小学校入学式も知らんふりをした父が私が一生懸命に小学校に行っている間にせっせと子作りをしているのです。こんなにも愚かなことがあるのでしょうか。私はこの真相を知ったのは何度も述べている通りに、最近のことですがこの真相を知った時に戦慄を覚えました。こんなにも恐ろしいことを出来る男女がいるのかと心底驚きました。離婚と再婚は法律では禁止されていません。だからと言って法の目をくぐって人間たちは何をやってもいいのか??何をやっても許されるのか??それは人間たちの考えなければならない問題です。正義の女神を思い出してください。

 

もちろん父は独身ですから誰と再婚しようが自由です。そんな物は誰でもわかっています。ですがしかし法律で許されていることと人の気持ちと言う物は天秤にかけられないのです。それは全く別の物です。法律で許されているからと言って人の気持ちを踏み躙る行為やないがしろにする行為は決して許されるものではない。このことは断じて言いたい。若気の至りだからと若い頃の結婚を自分の保身の為か弁明に使う者が多くいますが若気の至りで済ませないでほしい。そうですね、私は、、、、、、やはり親の再婚は正直、嫌です。とても嫌です。

 

それは理屈ではありません。言葉でも説明出来ません。再婚相手にはわからないでしょう。他人ですので。親の再婚は子供にとって簡単に言えば殺人です。魂の殺人。私にはそれが当てはまりました。私は自分を殺された感じがしています。自分をないがしろにされているのですから当たり前ですよね。父もそのつもりなんですよ。だからこんなにも恐ろしいことが出来るのですから。一生、消えないでしょう。一生、治りません。一生治らない傷(いいえ傷で済みません)を再婚者(父と再婚相手)は私につけたのです。治らない傷ではなく良い言い方はあるでしょうか、ええとなんだろうな、治らない殺人と言っているのもう死んでいますね、死んでいます。私の心は四歳で死んでいますので。手遅れなんです。